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  映像研究

木、緑、土

・201908060917。今日は半分休日で半分仕事だけれども、午前中は家で荷物を待つ。家から見える緑が減っている。雑木林のような一角がみるみるうちに崩されていく。しばらく前から工事の音が絶えない。木が切られてしまうのだろうか。思えば前の家もそうだった。期限つきで知人から借り受けていた雑木林の中にあった家は、周囲の木が切られ、山が平らになり、土が舗装され、環境が変わった。おそらく今はもう、そこが「雑木林の中のような場所であったこと」がわからないくらいに変わっているだろう。同じことの繰り返しのように思う。緑の多そうな、木が見える、土がある場所に移動するたび、今度はその場所が開発によって変化する。風景が変わる。狸のことを思う。山を追われ、雑木林から追い出される狸のことを。広く言えば都市に生活しているのだからよくあることだとは思いながらも、どうしても受け入れることはできない。なぜそんなに木を切るのか。本当にその場所は平らにし、舗装しなければならないのだろうか。本当に同じようなアパートを建てる必要があるのだろうか。駐車場を作る必要があるのだろうか。そして土のない生活に本当に人間は耐えられるのだろうか。土のない場所で生活することを本当に後悔しないのだろうか。時々そのように問う。問うたびにこの生活はかりそめの間に合わせの事のように思えて切ない。いつでも「いま」「この場所で」思い描く生活を実現することが倫理だと考えていた。いまも考えている。

 

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