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  映像研究

12月のある週末

・後から書いておく週末の記録。3日の土曜日は版画美術館へ家族と小さな遠足。ずっと見に行きかった「版画×写真 1839-1900」の会期に間に合った。グレイ、エマーソンなど図録で見ていた写真を実際に見ることの贅沢。それは実際ただの写真だった。ただの写真を凝視する。特別な時間だった。そして展覧会を見る前後には家族のおすすめの店で昼食と夕食。完全な休日だった。飲酒もした。

 

・4日の日曜日は朝から業務。業務前にエクセルシオールで作業することなくタイムカードを押すことも久しぶりだった。9:00から18:00までの業務の時間が慌ただしく過ぎる。このように年末を迎えるのだなと予感する。ともかく体力を準備しておく必要があることを再確認する。業務終了後に友人と気をつけながらの飲食。西国立の中華料理屋で食べながら近況を伝え聴く。年末らしい冷たい空気。

その後

・202212022116。帰宅する京王線で書いてみる。指が202212と滑ることに慣れていない。つい202211と滑りそうになる。しかし202212と滑ることに慣れた頃には、もう2022ですら無くなるのであろう。まだ年末らしさを感じていない。年の瀬、忘年、振り返り、仕事納め、それらの言葉が持つ雰囲気を懐かしく思うのは、そうした言葉に、人が集まることの意味が潜在しているからだろうか。気をつけながら集まりたい。

 

・午前に家を出て写真美術館へ。「見るは触れる」と「野口里佳 不思議な力」を鑑賞する。久しぶりに空間で写真を見た。ディスプレイの文字という何重にも抽象化された情報を操作していた自分にとって新鮮な感覚で作品を見る。その後友人の水道橋のお店でランチにカレー。その後少し神保町を散策。その後半蔵門に移動してJCIIで求めていた図録を購入する。さらにその後御徒町に移動してアメ横のサンリミットで冬の衣料品を見る。

 

・夕方から夜まで業務。少しずつ、一歩ずつ、仕事を片付ける。明日は自分の作業とも、業務とも離れた完全な休日にすることを決めていた。日記を辿ってみたならば、9月23日に友人たちと葉山に行った日以来。

12月1日

・2022年12月1日の記録。

 

・朝少し遅く起きて洗濯。数日前までのように早速Wordを開いて作業をすることがない新鮮さ。少しの猶予の時間と知っているからこそ、今すべきは身体に張り詰めた力を緩めること。そう考えて、あるいは考えるまでもなくそのように午前を家で過ごす。

 

・午後から外出して職場へ。確かに寒い。昨日までとは違う。しかしまだ冬という感じではない。準備のち業務。14:00から21:00までが消える。これが自分にとっての日常だった。

 

・そして、帰宅する京王線で、2年前の、2020年12月1日の日記を読めば、「今日から論文を書き始めた」と書いてある。その作業をちょうど2年の昨日で一旦閉じた。まだしばらくは続くけれどもひと区切りではある。「断片的なメモのような言葉はいつか論文と言える形を持つのだろうか」という過去の自分の率直な疑問を今再び考えてみることもできる。「形を持った」と言えるのだろうか。章立てを作り体裁を整え書き上げるという意味であればそれは「形を持った」と言える。だがそう言い切れないとも思うのはなぜなのか。いずれにせよ、もう数日経ったら反省を始める。

 

・そして、2年前の自分は「教える」という言葉と「育てる」という言葉の違いについて考えてもいたようだった。考えてそして、古い記憶の中の会話を想起して怒りを感じてもいるようだった。その記憶と感情の先にいる現在。怒りも時には必要と思う。あるいは必要とは別に思いがけずわきあがるもの。

 

・12月が、その先の2023年がひらける。

 

 

提出した日の記録

・202211301956。帰宅する京王線で書いている。緊張が続いていることによるのか身体が痺れるような感じがある。力を抜いてその緊張を一旦身体から放ちたい。眠気と興奮の共存。各部位にコンディションを訊ねる時間も必要だろうか。

 

・11月の最後の日は昨日と同様に春のような、台風の季節のような、季節の流れに逆らう気候だった。くだる階段の踊り場のような数日、あるいは足踏みの時間。この冬は暖かいのだろうか。しかし仮に暖かい冬だとしても、さすがに明日からは、週末からは、来週からは、次々と寒気が流れ込んでくるのだろう。それに備える。

 

・日記を読み返して確認をした。最初の構想からおよそ2年半、よろよろと作業を開始してみて2年、本格的に生活が作業と一体化して約1年、くらいの時間をかけて書いていた文章を今日提出した。本当ならば昨日29日に提出する予定だったが、激しく反省する種類の出来事の結果、締切当日の今日30日に提出したことは、記録しておいても良い。忘れないように。

 

・以前からの想像では、提出した瞬間にあらゆる緊張から解放され、感慨的なものが溢れ出し、いきおい高い靴とか買いに行く感じと思っていたけれども、全くそのような雰囲気ではなかった。まだこの後もしばらくは諸々続き気が抜けないせいだろうか。辛うじて昼食に回転寿司を食べて(それもどちらかというと親知らずの痛みが酷く柔らかく冷たい食べ物として選んだ)少し打ち上げ気分を盛り上げようとしてみた。

 

・その後午後から業務へ。溜めていた明日からの12月の諸々に手をつける。4時間集中して、とりあえず今週末の業務は事故なくできそう。自転車操業。しばらくは、この崩れそうになったカリキュラムを手当てしなければいけない。

 

・追記。帰宅して小さく打ち上げる。家族が仕事帰りに前菜の盛り合わせを購入してくれていた。感謝。約一ヶ月半ぶりのアルコールは買いおいていたヒトミワイナリーのh3カリブー白。好物ばかりを食べながら時間を過ごしてほどなく眠る。