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  映像研究

反対の大義

 
・2月26日の土曜日。昼から明治大学で行われる「TPPでは生きられない」という集会へ行ってみる。くしくも今日は「開国フォーラム」やら「TPPを考える国民会議」やらと、堰を切ったようにTPPについての集まりが溢れ出したのだった。個人的には去年末のAPEC後にそのワードを初めて耳にして、年明けに(今最も注目したいレーベルとしての)農文協の『季刊地域』や『TPP反対の大義』を読んで「ははぁ、なるほど。それ絶対やっちゃダメじゃん」と思ったのだから参加。もちろん自分は農業を仕事としているわけでもないのだし、家族親類にも農業関係の人はおらず、強いていえば友だちの夫妻が「出来る範囲から生活に自給を取り入れていきたい」と色々やっているのを楽しみにみつつ、自分も隙あらば一緒に面白いことがやりたいなぁと思っている、つまり、現在の日本の農業がおかれている、恐らくは非常に厳しい面、のようなことは全く知らない、いわゆるひとつの「外野」としての参加。途中お茶の水のGAIAでちょうど知り合いのパン屋さんがパンを売っていたので購入。美味しいパンは美味しい農産物とともに素晴らしい。


・それで行ってきた。会場は明治大学のリバティータワー(前にも書いたけど凄い名称だ)の大きな教室だったのでけれども、その大きな教室に人が溢れていて教壇の前にはカメラを持った報道?関係の人も多く、この問題の関心の高さがうかがえるのかもしれない。それで始めの中野剛志という京都大学助教だという人の「確かにその通りな部分もあるのだろうけども、多分にパフォーマティヴであることによって、今ひとつ同意できない(私見です)プレゼンテーション」を経て、さまざまな立場、主に日本の各地で農業に従事されている人の「3分間スピーチ」というものが(3分はあまりにも短かったけど)良かった。40年以上農業を続けてきた人の「ずっと国の方針に対応し続けてきた」という言葉に、本当にそうだったんだろうなと思う。そしてしかしそれが今や/そもそも「国」であるのか、という問題設定をしたときに、極端にグローバル化した社会において、ひとつの国の中の「右/左」という立場の違いは本当に関係がないということが、今日ほどはっきりとわかったことはない。国の規制がなくなった世界で企業はほとんどの人が全く期待していない大活躍をする。小沢健二の「企業的な社会」という言葉も思い出す。そしてだからその会場には「それは駄目だ」と思っている色々な人が、色々なところから来る。あるいは誰が来ないのか?とかも考える。


前原誠司という外務大臣が発言されたとされている「1.5%のために98.5%が犠牲になるのが良くない」とか何とかいうのが正確なフレーズなのかどうなのか、テレヴィジョンも新聞も読んでいないので正直わからないのですけれども、その人が実際に何を言ったかということはさておき、そのような考え方はきっとどこかにはあるのだろうなぁということは思う。しかしそれに対して思うことは「いやいや、そうは思っていない人も確かにいるはずでしょう」ということで、つまりこのフレーズを聞いたときに普通に考えて誰もが思うのは「私は98.5%の側ですけれども、犠牲になっているなんて思ったこともない」というのが真っ当な反応なのではないかということなのだけれども、どうなのでしょう。「犠牲になっているなんて思ったこともないし、1.5%の人に感謝している」「今は色々な理由や成り行きから98.5%の側にいるけれども、1.5%の人のことをもっと知りたい」「というか『1.5%の人』っていう言葉がそもそも何か差別的で気持ち悪いこともあるから、何とかその断絶しているっていう(間違った)イメージを変えられないものかなぁ」とか、きっとそんなふうに思っている人は、どんなに少なく見積もっても1.5%以上はいるだろうと確信している。自分の周りの若者(集会の会場では40才くらいまでは若者にカウントしても良さそうな雰囲気だったから)はみんなそう思っているんだけどもなぁ。


・そうして考えながら、デモンストレーションには行かずに帰ってきた。新宿でやっていた「Zinester afternoon」というイベントに行き、あわよくば渋谷で『180°SOUTH』という映画を観て、休日をびっしり埋めようと思っていたのだけれども、無限にやってくる姿の見えない敵「KAFUN」を前に心が折れて帰宅。ふらっと入った書店にて『私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明』という本を立ち読みで読了。高城剛という人が提唱?している「食料やエネルギーを個人で自給する方向に進む」という考え方は、ある意味では正しいと思う反面、そのような考え方がまた「開国」を押し進めるという問題もある。だから自分の中でもまだ定まりきっていない部分もある、のも事実。帰って色々読む。「DOMMUNE×ele-king」のサイトでもこのような対談が掲載されていて、原子力発電所の問題よりも更にカルチャー方面(ってどんなだろう)から見えづらいTPPの問題が、こういうかたちで話題にされていることを嬉しく思う。これなら読む人いるだろうなぁと思って時の河に流すべくリツイートする。