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  映像研究

八王子は秋。秋は夕暮れ。

 
・11月4日。引きつづき緩やかな衣替えとひたすらに読書の日々。規則正しい三食にノン・アルコールが新鮮な2010年の秋。自分にとってある「強化期間」のようなものを設けることが面白くもある今日この頃。ちなみに本日読んでいた本は、ビル・マッキベンという人の『ディープエコノミー 生命を育む経済へ [DIPシリーズ]』。アメリカ型の効率化を進めた社会が、ある意味では全く効率的ではなく、何よりも人が幸福を感じることの全くないシステムである、という趣旨の(アバウトな要約)そのような本を読んでいた。おととい読んでいた『ラダック 懐かしい未来』とも通じる部分があるのだけれども、最近手に取る本は多くの場合(もちろんそのような本を積極的に選んでいるということなのだけれども)「オルタナティヴ」な社会に大切な要素として「農」と「コミュニティ=ローカリゼーション」を挙げている。なるほど。それはきっとそういうことなのだろう。



・昼過ぎから気分転換を兼ねて八王子まで出かける。夕方にさしかかっても全く曇ってくる様子のない非常に快適な空模様だったものだからカメラを持ってゆく。季節は秋。どんどん風が冷たくなるのだった。そうして八王子から少し離れた某大型古書チェーン系の一大帝国「エコ村」まで無料のシャトルバスに乗ろうかと思ったら、そのサーヴィスが無くなっていた。「さてはエコ村のエコ度が極まった結果車社会がノーってことになったのでは…」とつまらない意地悪を言いたくもなる。仕方がないので肌寒い中を歩く。本当は歩きたかったのだ。浅川に架かる橋から山並みを見ながら歩く。数冊の書籍を購入して、楽器類などを冷やかし、映像音響機材の前で少し悩み、どっさりと積まれた値段があるような/意味がないような衣料品や、まるでゴミのようなCDの山にはげんなりする。しかしそれもまぁエコ村だから仕方がないのだった。



・そして唐突だけれども、そのような風景を見ていると思わせぶりなコンテンポラリー・アート(の中にも勿論面白い作品はあります)なんかより圧倒的かつ直接的に「物と社会の関係」を考えさせられる。だからここはアートのような物を見る「ミュージアム」であり、20世紀の日本の生活が詰め込まれた博物館でもある、とまでは思っていないですけれども、まぁそんなところだ。そして自分のことを考えても「物が多い」ということが、いよいよ生活の障害と思えてくるような気もする。また同じように「情報が多い」ということを今一度、ニ度、三度、考えるべきなのだと思う。そしてだから今はスマート・フォンの「スマートさ」のようなものからどんどん置き去りにされていくような予感もしている。そして少なからずそれはそれで楽しみでもあるのだった。