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  映像研究

静けさ

・202012311857。静かな夜の始まりに2020年最後の言葉をメモしても良い。去年の今日はいったい何をしていたのだろうかと思って日記を辿ってみれば、近所のリサイクルストアで写真を見るためのルーペを購入していた(偶然探していた物を見つけて本当に嬉しかった)。そして一年後の今日は同じリサイクルストアで(大掃除の結果不要なものを持っていく流れ)、おせち料理を入れられそうな漆の器を買ってみた。2021年は正月を基本的に家で過ごす。ゆえにおせち的なものも家で食べる。そのための準備をすることで去年とは異なる環境に生きていることを思い出す今。明日は昼に墓で集合。車で出かけるのだから正月でも朝から飲酒しない。そうしたすべてが新しい。

 

J-WAVEは大晦日に野村訓市。これからそれを聴く。あるいは紅白や何かをラジオで聴く。あと数時間で年越し。

 

・誰もが、は大袈裟でも多くの人が「酷い一年だった」と口にするあるいは書く。ある意味では確かにそれに同意しつつも自分はまた別の気持ちと体勢とそして課題を持っている。この環境で「考える時間」「書く時間」をどのように生み出せば良いのだろうか。その試みは2021年に持ち越される。

 

・日記を書くことがその体勢をつくった要因だっただろうか。日付が飛んでしまえば一つの生活に統合することが難しいような日々があったのかもしれない。もしもいまそれを読み返してみれば、隣り合った日付は確かにある雰囲気を共有しているが、同時に驚くほど遠くに運ばれたという意識があるだろう。そしてその自分のタイムラインの所々に顔の見える友人たちの話す言葉が入り込む。さらに顔の知らない人が書いたテキストの言葉が入り込んでいる。

 

・十年ぐらいぶりにこう書いて願う。「直接お会いした方もそうでない方も、きたるべき2021年が良い年であるように。」

 

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