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  映像研究

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・202007302150。帰宅中の電車で。昼間に荷物が届く。日曜日の夜にお酒を飲みながら音楽を聴いていて思わず購入した、ピチカート・ワン『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』のCDが届く。久しぶりのCD。お酒を飲みながら音楽を聴いていた勢いはあるにしろ思い切って購入してしまったのは「サインが入ります」という特典に惹かれたからで、ある時期以降自分はサインに弱い。手書きの文字、ささやかなメッセージ、記録。一瞬でも自分のことを想像しながら誰かが手で何かを何かに刻んだ。その事実に夢見るような気持ちになるのは危険な心理だろうか。ともかくそういうものに惹かれる自分がいる。写真のプリントにも共通する気持ちがある。

 

・曇りが続く東京の端の部屋で昼間に流れるピチカート・ワンもなかなか良い。しかしできることなら車で少し大きな音で聴きたい。あるいはお酒を飲みながら聴きたい。「お酒を飲みながら」と「車で」は基本的には両立しないから(誰かに運転して貰う方法はあるけれども別に気分が良いものでもないだろうから)やはり、大きな音で音楽を聴く空間に思いを馳せる日々は続きそう。小西康陽という人の歌も面白いし話す声も良い。演奏も良い。もう少し大きな音量で聴けたならば・・・としつこく思って、そうだヘッドフォンを買えば良いのかもしれないと思いたつ。20年くらい使っている誇張なくボロボロの(皮っぽい部分がすべて剥がれ落ちてスポンジが薄汚れている)オーディオ・テクニカのヘッドフォンは、それほどまでにボロボロなのにも関わらず、業務で止むを得ず使用されている。どうだろう。

 

野宮真貴でも曽我部恵一でもなく小西康陽が歌う『メッセージ・ソング』のよさについて。

 

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