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  映像研究

4月の最後の週の後半から気がつけばもう5月に入ってしまった日記

 
・4月29日は金曜日。あっという間に4月も終わりゆく日記は春からもう初夏へ。草木も芽吹き山は笑うがしかしそのような感覚をすっかり忘れたまま震災からはすでに50日が経つ。高尾駅前のあさかわ食堂でボリューミーなブランチを食そうかと思ったならば今日は祝日につきやっていなかった。今日はみどりの日だ。それは緑の党とは関係がない。神保町から明治大学へ向かいながら見ていたtwitterのTLでは「終焉に向かう原子力」は既にもう人が溢れてしまっているとの情報。数千人もの人が小出裕章さんの話を聞きたがっているということが今の状況の一側面であるのだと思う。そうして会場の外にいる入れなかった人にも小出さんは話をしたようだった。みんながその声を聴いている。声を出したり拍手をしたりしながら、しかしじっと耳を澄ませている。


・そうしてやっぱり会場に入れなかったSMDくんと知人の方とともに「さぼうる」でお茶しつつ色々と意見交換。「原子力発電所は無い方がいいかなぁ」と思っている人も焦点の合わせどころは様々であるのでそれを聞きそして話す。夕方一瞬業務を経て夜は再度2人に合流して西荻窪は戎のカウンターで話のつづき。映像メディアの仕事をしている2人の話から考えることは多い。帰りがけにSMDくんにひとつ具体的なアクションの相談。今必要な情報と情報以外の事柄をまとめるようなウェブ・サイトはできないものかと聞いてみる。今必要な情報としての「言葉」と情報以外の事柄としての「声」を集めることはできないか。ぼんやりとしたイメージをかたちにできるか考えつつ帰宅。



・4月30日は土曜日。渋谷へと向かう車中で押し入れから引っ張り出してみた『広告批評』の憲法の特集の2冊「憲法9条」「憲法前文」と、大塚英志という人と香山リカという人の『香山リカと大塚英志が子供たちが書いた憲法前文を読んで考えたことと憲法について考えてほしいこと』を読み返してみた。例えばこの10年に自分が考えてきたことのひとつに「憲法」のことがあって、そうしてそれは「言葉」の問題でもあるのだし、それが「言葉」の問題でもあるのならば同時に「表現」の問題でもあるということ、そのことを考えていたことを思い出してみた。憲法を護るために憲法について考え、そうして自分で憲法を書いてみるということの意味を考える。自分が理想とする社会や、望ましいと思っている人との関係や、好ましいと思っている国のあり方を、言葉で表現してみるということ。「現実を考える」ことが「現実を追認する」ことと同じになっていしまっているのだからこそ、理想から現実が生まれる可能性に望みを託すこと。そのような回路を作ること。例えば「今の状況」に関しても、このような試みから何かを学ぶ(真似ぶ)ことはできないものだろうかと考える。それにしても著名人の憲法についてのコメント(憲法9条を改正すべきだと思いますか?に対する回答)を今読むことも面白い。


・そうしてやや遅れて代々木公園へ。本日は「twitterで集まった人たちが発案したらしいデモ(正式名称不明)」であるとのことで、10日の高円寺以来二度目のデモ参加。先に着いていたRくんとJ先輩と合流して、代々木公園からパルコ前へ歩き始める。そして西武百貨店のA館B館の間を抜けてセンター街へ。109と文化村の間へ出て渋谷駅前へ。JRの線路をくぐって明治通りから原宿の大きな交差点で表参道に左折して再び代々木公園に戻る約1時間半のコース。自分がいた最初のグループはやや静かめだったけれどもその後ろのドラム・サークルはなかなか賑やかしい感じで良かった。偶然来ていた大学1年生に声をかけられて驚きつつも少し話す。戻ってきたところで相当に久々に会ったHKTとも話す。NくんとMちゃんはおしゃれなプラカードの作りすぎで完全に遅刻して本末転倒だけれどもまぁ良し。友人・知人・顔見知り、色々な人がいる。『砂漠』というZINEを配っていて頂いたりもする。あとで読んだならば震災以降の出来事が(書いた人の)身の回りのことから考えられていて、いま読む文章として非常にしっくりくるところがあった。


・昨日に引き続き夕方から夜は通常業務。終了後阿佐ヶ谷に車で来ていたT夫妻にピックアップしてもらう。荷物を運ぶ用事だったらしくて自分は全く関係がないなりに運んだ先のお宅で春野菜の天ぷらをお腹いっぱい食べる。食後にはスーパーお洒落なシフォン・ケーキと和製シフォン・ケーキ的な新感覚のカステラ(粕てら)をも食す。初対面の人には何をしにきた何の人なのか全く不明だ。天ぷらとカステラを食べにきただけの人だった。そして車で高尾まで帰りつつ「そういえばさっきケーキ食べたりしながらも話題は『原子力発電所』のことになりがちだけれども、そういうときに『え?何で原発にそんな反対とかするの?』と普通に聞かれたならばちょっと一瞬自分も『あれ?何でだっけ?』と思うよね」というような話をきっかけにしてまた色々と話す。話をすることについて話す。話をするだけではなくて「話を聞く」ことの大切さについても話す。24時過ぎに帰宅。



・月が変わって5月の1日は日曜日。昼からの業務。業務の内外でだって何か面白いことができれば良いな、そしてできるのだろうなと思いつつほぼ定刻通りに本日は終業。中央ラインではなくて総武ラインで東中野へ。ポレポレ東中野の「25年目のチェルノブイリ」19時半からの回を観ようとミスター・ドーナッツで待機。そしてやや早めに会場へ、と思ったらそのような考えは全く甘かったので既に階段まで人が溢れていてチケットは完全・完売。立ち見どころかチラ見でも良いのだけどなぁと思ったけど断念して帰宅。『原子力発電所の夜明け』と『原発切抜帖』という映画を観たかった。特に後者は音楽を水牛楽団がやっているというので観たかった。立ち見どころかチラ見どころか聞き耳くらいでもよかったけれども、またの機会にちゃんと座って観よう。


・それで帰宅して各種UST。twitterのTLはまるで新聞のテレビ欄のようである2011年の初夏。フォローという名のフィルタリングによって選別された映像プログラムの情報が数分どころか数秒に一度流れてくるので、そのリンクをクリックしたならば各種のトーク・セッションが放送している。あるいはそのうちの幾つかはアーカイヴされる。東京芸術大学で28日に行われたのだという大友良英という人の特別授業を見る。「文化の役目について-震災と福島の人災を受けて-」と題された授業はとても良い授業だった。