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  映像研究

相談

・月曜日。基本的に家で作業する一日。

 

・4月からの授業の準備を本格的に再開する。並行して各方面への連絡をする。

 

・作業の合間に途中家で観られる映画をと思い、三宅唱監督作品や杉田協士監督作品で編集をする大川景子さんについて調べたきっかけで井口奈己監督『こどもが映画をつくるとき』を観る。子どもの振る舞いの一見すると傍若無人なさまを見続けながら、人の成長について考えていたかもしれない。成長の度合いはかならずしも年齢と一致しないし、言葉で語られたことがすべてではない。「子ども」と言われる人もまたさまざまに感じ、意識であれ無意識であれ選択をし、思わずあるいはときにためらいながら表現をしていた。それが一挙に同時に起こっていることを映像で見ることが新鮮だった。

 

・映画をつくる上でのさまざまな判断がある。文法などと言ってみても本当は無い。機械の仕様と知覚のありようによって制限づけられているに過ぎない。それらをかいくぐりながら、ひとつの上映が実現されるまでには無数の判断がある。他者の判断とぶつかり続けながら。それがあまりにも膨大であることが、生を圧縮したようにも思えるのか。

 

・などと考えながら、夕方には友人にオンラインで近況報告と諸々の相談。相談してしまったいきおいで、準備している授業の模擬授業のようなことをする方向で決めてしまった。決めてしまうことも重要。そそのかしつつ手を貸してくれる友人の存在に感謝しつつ。

 

・夕食はいつの間にか家にあった松茸ごはんの素を混ぜて炊飯。数年に一度「素」で食べる松茸はおいしい。