&

  映像研究

情報を浴びる

・202207261940。帰宅する京王線で書いてみる。夏の業務。合宿のような全6日間のプログラムの2日目が終わった。同僚の助けもあり、キューピーコーワゴールド無しで立ち上がりの2日を乗り越えることができた。自分で自分を讃えたい。讃えたいと思う日が時々あっても良いはず。そう思いながら西に運ばれている。

 

・業務の特徴として、新しい人が次々に現れる。一応業務上年齢は固定され、志望に応じたフィルタリングはなされているから脈絡なく次々に現れるわけではないが、それにしても、いつでも「新しい」と感じる。それは年齢が自分と少しずつ確実に遠ざかっていく新鮮さでもあるが、しかしそれよりも本質的に、人は皆違うということを感じ続けることでもある。

 

・声の感じ、文字の感じ、文字だけでなく引く線の感じ、目の感じ、姿勢の感じ、動きの感じ、さまざまな微細な要素が蠢き続ける。本当ならば口元の感じもあるはずだった。それは見えない。

 

・膨大な情報を比喩ではなく「浴びて」、そういえばこの季節は、そのこと自体に興奮と疲労がある。疲労がやってくるあるいは疲労に倒れ込むであろうことを予期している。集中的な業務の後の日はカレンダーに「ぐったり」と書かれているが、その「ぐったり」に倒れ込むために、あるいは倒れ込むようにして、日々を反復している。