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  映像研究

冬と年末

・202111262113。帰宅する京王線で呆然としつつ書いても良い。9:00から規則正しく作業。昼食はなぜか数日のあいだ頭をかけめぐっていたカップ焼きそばUFO。記憶の通りの味だった。一休みして作業を継続。15:30にタイムアップ。自転車で駅へ急ぐ。

 

・川沿いの道を自転車で通ると季節ごとに、また時間によって全然違う感じがある。この季節の夕方は夜の気配と冬の予感が混ざり合って、全てが闇の方へ向かっていくように感じる。植物も皆一度死んだようになるのか。炎のような光が死にそうな植物に差す。さっきまで平らなノートPCに概念の言語を打ち込む作業をひたすらにしていたから、現実の空間の奥行きに見惚れてしまう。

 

京王線で仮眠。16:30に職場に着いたならば、一瞬で21:00までが消える。年末進行。職場のあらゆる人の表情(マスクをしているから主に目)に年末の感じが滲む。今日は、現在が、冬であり年末であることを認めざるを得ない日となった。このようにして2021年は閉じるのだと確かに感じる。

 

・電車の中でタオルを手にした人を見かけ、そのタオルの柄にはっとして、それは実家のバスタオルの柄だった。パリパリに乾いたバスタオルの触り心地。

 

・もう少しだけ作業の密度を上げるためにはどうしたら良いか。色々な事柄が並行しながらも、どうにかくぐり抜けてきた、2013年から2014年にかけての冬の記憶を、いまこの意識に呼び戻してみようか。あるいはその時の自分の集中した意識に対して何かを返答するべきか。その返答を別の問いかけとして、また未来の時間に投げるか。

 

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