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  映像研究

2011年6月半ばの平日の日記

 
・6月13日(月)は前日の夜から実家へ帰省。そういえば西武池袋線はしばらく乗らない間に駅の様子も車窓からの風景もすっかり変わっていた。池袋と椎名町の間の住宅街に小さな公園があったと記憶していて、車窓から見えるその公園の様子が子どもの頃から何となくちょっと好きだったのだけれども、すっかり無くなってアパートだかコインパーキングだかになっていた。この期におよんで何をしてくれてるのかと思うが、その場合の「この期」って何だろうとも思う。「この期」にすべきことは「公園をコインパーキングにする」ことではなく、どちらかと言えば「コインパーキングを公園にする」ことなのではないか。「コインパーキングがまったく儲からなくなるような社会」について想像しないこともない。


・というようなことを思い出しつつ実家にて定期購読的に購入されている「暮らし系雑誌」を眺めつつ朝食。『ku:nel』『天然生活』『うかたま』に今回は『自休自足』が加わっていた。郊外の一軒家の金額を見る。例えば自分は全力で何とか(借りたり)すれば500万円の家とかを購入したりすることができるのか。しかし最寄りが電車の駅ではなくバスの停留所でもなく高速道路のICであったりする場所は自分にとっては完全に未知だ。車が必要な生活についても想像しないこともない。そして実際は想像とは関係なく車で高尾まで荷物を運ぶなどする月曜日。夜はDOMMUNEにてTKのパフォーマンスを爆笑しつつ(良い意味で)見る。



・6月14日(火)は昼から業務。そういえば的に池袋のデパート周辺を歩く。久しぶりにセレクトショップなどをまとめて観賞。洋服を買いたいという気持ちはほとんどないけれども観賞する分には楽しい。手に取ったり試着しそうなふりをしたりしつつ観賞。この数年よく見かける「七分丈のシャツ」とか「八分丈のズボン」とかの意味が全然わからないけれども、そういう商品しかないならば人はそれを選ぶのか、どうなのか。個人的には「七分丈のシャツ」を着るよりも「十分丈のシャツ」を腕まくりしたい。そしてまた個人的に普通な意味で今一番お洒落だと感じるのは、例えばBEAMSに置いてあった「SATURDAYS SURF NYC」の世界観だと思うけれども、それはもう自分とはほとんど関係がないのだし、そもそも「MOUNTAIN」ではなくて「SURF」だ。


・夕方に業務を終えて模索舎などに立ち寄りつつSMDくんに連絡して三鷹台のオフィスへ移動。梅雨の梅雨らしい天候。近況報告、とはいえ土曜日以来なので、土曜日のデモの報道のされ方などなどについて、あるいはまた10月末の新しい計画について少し相談。さて、どうしようか。その後湯上がりのCJ氏らと合流して某小金井のワインの美味しいお店に行き、楽しいということしか覚えていない系の歓談。



・6月15日(水)は基本的に自宅にて業務にまつわる映像の鑑賞。普段ならば絶対に観ないであろう種類の映画を立て続けに観る。「普段ならば絶対に観ないであろう種類の映画」を観ることに疲れたので、普段観るような映像として佐藤真DVDBOXから『SELF AND OTHERS』を鑑賞。牛腸茂雄という人の声はいつ聴いても良い。そして牛腸茂雄という人も制作に関わっていたという映像が少しだけ映るのだがそれも良い。そういえば最近「日記のようななにか」を見たり/観たり、聴いたり、読んだりすることが多いことに気がつく。夜は昨日に続いて某小金井へ。職場の方とカレーを食べにゆく。24時前に帰宅。



・6月16日(木)は昼過ぎに裏高尾の方のアトリエでやっているらしい展覧会へT夫妻とともに行く。家から少し西へ。そして線路を渡って南へ。標高が微妙に上がったならば風景や家の雰囲気も微妙に変わってくるのは高尾という町の面白いところだと思う。会場はちょうど自分が住んでいるような平屋を改装したアトリエで、その家の様子も面白く、そしてもちろん作品も面白かった。「絵画」とか「ドローイング」とか言うよりも「絵」と言う方がしっくりくるような絵。絵や描かれた何かが家じゅうにある。黒い画面に白い絵の具で描かれた細かい線を目で辿るのが面白い。見ることは読むことと似ていると思う。「触ってもいいです」と言われたので触ったりもする。見ることと指でなぞることも似ていると思う。


・その後うちに戻りお茶しつつ「アラブの革命」と「スペインの抗議行動」の違いについて話しつつ、実家の家電の不思議について話しつつ、夕方には解散。夜はDOMMUNEにて坂口恭平という人の『都市型狩猟採集生活』を見る。土曜日のデモのあとに国立で周りの人たちと意見交換していたようなことを思い出したりしつつ、興味深く見る。アーティストでもあり、建築家でもあり、そして同時に(恐らくは意識的に)「何の専門家でもない」立場からの「クリエーション」を実践しようとしている坂口恭平という人は、とても微妙なバランスの中で考えて行動しているのだな、ということをあらためて思う。その「微妙なバランス」を、わりと普通のカテゴリーの中で語ろうと(語らせようと)していた(させられていた?)のは「最終回」というお題目があったからなのか、どうなのか。


・そのようなことも含めて色々考えつつも、急に思い立って、もう5、6回目になるゴダール『アワー・ミュージック』をDVDで観たりしつつ(観るたびに新しい理解があるが/それは特に意図しているわけでもない/普通に内容がよくわからない/から何度も観る)、明日からの業務の準備をしたりしつつ就寝。