&

  映像研究

倫理ではなく連帯のために必要な思考

 
・4月15日は久しぶりの業務。macbookの電源を忘れて再度一瞬実家へリターンする週末の夜。新宿のネオンは弱々しくしかし人は少なくない。自粛なのか。月曜日に荻窪S書店で(105円で)購入した、京都大学原子炉実験所の助教である小出裕章さんの『放射能汚染の現実を超えて』という本を読んでいる。あまりにも今読むべき本でありすぎてなかなか読み進められない。少し読んで天を仰ぎまた少し読んで考えるその繰り返しの読書。「あとがき」には「本を出すことに全く興味がなく/その時間で具体的な課題に取り組みたい/だから講演録を文字にした部分もある」と書いてあって、それゆえ、というべきなのか、文章は極めてクリア、伝えたいことがとてもシンプルな言葉で書かれている。その言葉に耳を澄ませるようにして読んだならば、そこには文章を読むことを越えた(というか読書は本来すべてがそうであるべきだと思う)自分にとっての思考のきっかけが、確かにあると感じる。


・この本が出版されたのは1991年で、初出一覧には1987年〜90年までの日付が書いてるので、この本はやはり「チェルノブイリの事故」に対するものとして書かれている部分が大きい。チェルノブイリの事故そのものと日本への影響(放射能汚染)について書かれている。しかし中心となっているのはむしろ「その後」のこと、つまり「原子力発電」そのものに対する「アクション/リ・アクション」の問題だった。つまりまさに書籍の題名となっている「放射能汚染の現実を『超える』」ための思考が徹底的に書かれているのであって、その意味で(これはこの本の科学的?正確さ??を損なうような意味ではなくて/あるいは「そちら」の方が価値があるということでもなくて)ここに書かれた言葉は、哲学とか思想と呼ばれるものに似たものになっている。だからデータだけを見るようにさらりと読むことはできなくて、言葉を読み、その言葉が発せられる理由に思いを馳せ、自分の考えと照らし合わせることを繰り返すことになる。


・この本で小出裕章さんは「差別」について考えている。チェルノブイリ以降(1986年〜)日本にも「汚染食品」と呼ばれる食料が輸入されることとなった。しかしそのことへの態度として「より基準を厳しくすることによって日本の人が放射能に汚染された食品を食べないようにする」ということに対して一貫して小出さんは疑問を投げかける。「ではその食品はどこへ行くのか?」「より貧しい国へ運ばれるのではないのか?」「そしてその貧しい国は『原子力発電所』などない、その恩恵と全く関係のない生活をしているのではないか?」という想像力をはたらかせたとき「原子力発電所」という施設/電力の作り方は、他の問題と切り離された「エネルギーの問題」ではなくて「社会の問題」つまり「差別ー不平等」の問題へと行き着く。だから「反原発」の運動を広めるためだとしても「食料が危険である」ことを伝えることに留まってはいけないと言う。引用してみる。

私は前稿で「誤解を恐れずに敢えて言うならば、日本の子供であるか否かにかかわらず、子供たちに真実を知らせないまま放射能汚染食糧を与えるよりは、私は真実を噛みしめながらそれを食べたいと思う」と書いた。また、チェルノブイリ原発事故以来、多くの集会に参加してきて、日本人の大人は汚染食糧を食べて下さい、といってきた。しかし、私は、ただ食べて欲しいのではない。大人には真実を噛みしめながら食べて欲しいのである。目をつぶって食べて欲しいのではなく、危険をはっきりと視ながら、目を見開いて食べて欲しいのである。そのためにこそ、汚染のデータを公表させることがまず何よりも必要なのである。
 
私に批判を寄せて下さった方の中に、私の主張は理解できるが、やはり放射能は食べたくないという方がたくさんいた。私にしても、過去の歴史も未来もなく、ただ放射能を食べたいか食べたくないかと問われれば、もちろん食べたくない。しかし、この件では私は、かねてから思ってきたことがある。それは、ともすると私たちの行為が時間の流れから切り離されて論じられ易いことである。私たちは、空間的に三次元世界に住んでいるが、私たちの世界は実際にはそれに時間という次元が加わっており、私たちは過去の歴史を背負いながら、未来に向かって今現在を生きているのである。食べるという現在の行為を時間の流れの中から切り離して、議論することは大きな誤りを犯すことになる。真実を噛みしめながら食べるということは、現在すでに三六基もの原発を許してしまっている日本人の大人として、明日をどう生きるかということにつながるのである。
(「放射能汚染の中での反原発」より)


・上記部分だけを引用したならば、それは強引な論理であるように読めるかもしれないし、実際小出さんもこの考えに対する様々な意見(あるいは反論)に答えるかたちで何度も自分の考えを書いている。そしてまた「すべての人にその選択を迫るつもりはない」とも書いている。しかしこれはただの思考実験ではなくて、本当に小出さんの思考の結果としてある、具体的な日々の生活の中での行動なのだ。そしてそのことは、今、2011年4月の自分にとっても、あるいは他の人にとっても、確かに目の前にある選択であるのだとも思う。しかしそこでその言葉に入り込むようにして読み、その論理に「倫理のようなもの」を感じて、それを中心として自分のことを考えようとしたならば、まるでそれを諭す?ようなタイミングで、このようにも書いてある。

小倉利丸も言うように、加害者性の認識の必要性は「倫理的な問い詰めとして設定」されるべきではない。そうではなくて、多様な運動を根源的な地平で連帯可能にするためにこそ、その認識が何よりも必要になるのである。


・まったく率直に、ああ、こういう言葉を読みたかったと思う。汚染食品を「食べる/食べない」という問題から始まって、ここには「今起こっていること(1986年/2011年)」を、今現実に起こっている、自分と関係した問題であると考えようとする思考がある。そしてその思考を持って、どう他者と関係するかについても確かにヒントが書かれていると思う(そのために耳を澄ませて/目を開いていなければいけないとも思う)。まだすべてを読めているわけではないけれども、ここからまた考え始められることがきっとある。そして水曜日に観た『六ヶ所村ラプソディー』の小出さんが出演していた場面のことも思い出した。その場面で小出さんは研究室であろう室内でカメラに向かって話す。所謂「代替エネルギー」などについては語らず「エネルギーを使わない方向に転換するしかない」と、当然のように言っていた(と思う)。


・そうして自分はもちろんその話の内容を聴きつつも、その小出さんが座っている研究室のデスクの横に一枚のポストカードのようなものが貼られているのに目を留めた。それはピカソの『ゲルニカ』だったのだ。それを確認したとき、自分は何とも言えない気持ちになって、思わず上映中にも関わらず大きな深呼吸をしてしまった。ある具体的な問題としての「原子力発電」について考え、その問題を突き詰めるがゆえに「差別」を理解する。そしてその先に目指すのは「平等」であり「平和」である。1986年には36基あったものが、今は54基あるという現実。現実の歴史。その現実の歴史の今にすべての人がいる。


放射能汚染の現実を超えて

放射能汚染の現実を超えて