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  映像研究

ある日。晴れ。南伊豆バックパッキング(1日目)

 
・ある日。それはある4月の晴れた日のこと。冬の間ずっと押し入れで眠っていたテントを太陽と風にあてるために、あるいはまた自分のからだにも同じような意味のことをするために、どこか気持ちのよい場所へ行ってみようと思った。



・前日に決定した行き先は南伊豆。特に理由があったわけではないのだけれども「房総半島」と迷った結果、より太平洋高気圧とこんにちは出来そうな気がしたので決定する。11時出発。前日の夜バタバタしていたので寝坊して出発。出発した途端に携帯電話を携帯していなかったことに気がついたけれども、戻るには遅すぎて断念。どうせ大した連絡もないだろうということで断念。後に色々困ることになるけれども、それはまた別の話。



・電車を乗り継いで西へ、南へ向かう。JRで町田、ODAQで小田原、再びJRで熱海、のち伊東。そしてそこから先はsuicaの使えない、近くて遠い別の世界だ。しかしそんなことよりも車窓からは色々な桜の木が見える。満開の桜と葉桜になりかけの桜、すっかり葉がメインの桜。そして海。思わず連写、あるいは激写。乗り継いだIZUQにて終点の伊豆急下田着は15時過ぎだ。



・そこから先はまた別の世界。路線バスがすべてのインフラストラクチャー(それは言い過ぎだと思いつつも)。そのようなバスを乗り継いで「下賀茂(しもかも)」。更に乗り継いで「入間(いるま)」という場所へ。地図に載っていた唯一のキャンプ場がここにあるはずなのだけど、あるはずなりに少し不安になったので電話(携帯電話はないので公衆電話より)してみたところ「えっ?来るの?しかも今日?(なんで?)」的なリアクションを頂いて「やっぱり電話しておいて良かったー」と思う。



・ちなみにバスの行き先に「雲見(くもみ)」という地名を発見して「…クモミ…クモミ…って聞いたことあるけど何でだっけ?」と考えて、文豪が宿泊してた系とかかと思ったけれども、自分はそれほど文学に精通してはいない。そしてちょっと考えてそれは、00年代初頭にタワーレコードの一角を席巻した「ジャジーでメロウなhiphop」でお馴染みの「nujabes」という人の曲のタイトル「kumomi」で、それは確か「雲見」をイメージして作った曲だったということを思い出して懐かしい気持ちになった。そしてipodをクリック・ホイールしたならばその曲が見つかったので、それを聞きながらバスに揺られてみる。しかしあまりにもジャジーでメロウすぎて恥ずかしくなって(ジャジーでメロウなhiphopは大好きですよ)、ipodを止めて無音で風景を眺めたならば、イメージされるのはむしろ「AMラジオ」のような土着系ミージックだった。そんなことからあらためて「音楽が視覚(映像)に対して与える影響」の強さについて考えて、例えばそれはどんな風景でも「ピント浅め/コントラスト強め」で掲載されればすべてがその王国の一部になるような「ku:nel」的な暴力と同質のものだろう(ku:nelは大好きです)とか考える。



・考えてる間に「入間」に到着したのは17時半。さきほどの対応に反して、とても親切に民宿と離れたキャンプサイトまで連れて行って頂き、無事テントを張ったのは18時。何となくここへ来るまでのイメージ的には、海のすぐそばにテントを張って、波の音を聴きながら眠り、波の音を聴きながら起きる…予定だったのだけれども、実際に着いてみたならば、わりかし普通に漁港だったのでそれは(そのイメージは)また別の機会にしようと思って漁船や飛行機雲を眺めたりしながら夕暮れ。



・今夜は満月。満月の中ではランタン的なものは必要なく、がんばれば本が読めそうでしかし読めなくて、そしてしかし当たり前だけれども明るいために星はあまり見えないということがわかった。テントの中でコーヒーを飲みながら読書する夜。読もう読もうと思って机の横にずっとアレされていた真木悠介『気流の鳴る音』を電車の中から一気に読む。「あっこれずっとそんなこと考えたんだよなぁ」的な箇所にドックイアし続けながら、一気に読み進めて、興奮してテントから飛び出したならばそこには満月。満月と蛙の鳴く声。11時くらいに眠る。