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  映像研究

書き初め

・書いてみる。

 

・言葉を失うような出来事が続き、と書きはじめて、そう思う気持ちもほんとうではあるけれども、その出来事の多くは画像で、テキストで、インフラのようなサーヴィスを通して知る。それは情報かと問う。そうした情報の多くが、そもそも、いつでも、言葉を失うような、と言いたくなるような事象を扱うものであったことを考える。

 

・気持ちを保つことが難しい、と思うのは、外側の出来事と内側の流れそれぞれによる、と思うけれども、同時に、外側の出来事は内側の流れに作用することを思い出した。平気なようで生活していても、直接的にあるいは他者の振る舞いを通して、不安を感じている可能性がある。

 

・別のこと。年始にX(旧Twitter)をやめてみた。数年来年末に大掃除のような感覚でSNSの使用を見直すが、思い立って削除した。2011年の震災の直後以降の出来事を思い返しながら、それは確かに一つのライフログであったと思うけれども、プラットフォームの性質と結びついた言説と現在の自分の思考には、通じるところが少ないと感じていた。スクロールを目で追うことにも微妙な違和感があった。そのようなことをひとまずの理由として離れてみる。離れても良い。

 

・違和感について、考えてみることもできる。自分が考えたいことは、この世界のどのあたりに居場所があるだろうか(あるいはかなり無さそうか)と考えてみても良い。

 

・年始の大きな買い物は敷布団。健康を祈り、祈るだけでなく生活の改善を考えて、調べてみて、見学に行き、試しに寝転がってみて、大きな買い物をした。面ではなく点で支える理論に賭けてみる。深いあるいは鋭い思考があるとするならば、それが基づくこの身体の気持ちの良い動きがあるとするならば、他者の声を少しでもよく聴こうとするならば、それは質の高い眠りに依ると思ってみる。

 

・書くことを再開するために。