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  映像研究

見えるけど写せない

・202204112017。作業を再開する日だが休日のようでもある。業務が集中する期間の終わりには何もできない日(カレンダーに「ぐったり」と書く通称ぐったりの日)があるが今日は少しだけ作業できた。罪悪感を感じることなく、少しずつ自分の作業を中心とした生活に戻っていきたい。

 

・数日前から筍のことばかりを考えているから、鼻が山椒の香りを期待している。ベランダに置かれた山椒の木は今年は芽を出さないのだろうかと見る。そうして木の節のような部位を凝視すると微かな緑が見える感動。それはiPhoneのカメラでは写すことができない殆ど予感のような現象。その緑はきっとあと数日ではっきりと葉として姿を現す。そうしたら、摘み、叩いて、筍ご飯や若竹煮に乗せる。

 

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・夕方にルノーのお店に車検のために車を持っていく。作業をする方はいつも丁寧に作業の内容を教えてくださる。それに対する自分は「はぁ」とか「ええ」とか「たぶん」とか頼りない返事とともにお願いする。永遠にこの車に乗り続けたいと思いその願いを託す。

 

・車を預けてしまったから帰りは徒歩で30分ほど。去年の春に友人に紹介してもらった物件のある見晴らしの良い地区から、やはり去年の初夏によく朝の散歩をしていた公園の方まで。数ヶ月の間しばらく必要な移動以外の目的で近所を歩いていなかったから、このような時間もギフトと思う。夕闇らしい時間に包まれながら帰宅する。

 

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