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  映像研究

10月のバック・パッキング in 大菩薩峠(1日目・往路編)

 
八ヶ岳バック・パッキングから帰還して週末は下界にて通常業務。その合間に食料を調達し地図など調べていたのは、週明けからまた新たなバック・パッキングへ出かけるからなのであって、しかも今回はバック・パッキング中級(ギア関係はかなり上級)のS・K氏とではなく、「この時流に乗って、登山はじめました」的なO・L・D(オフィス・レディ・デュオ)と共にの、変則的な部活動なのだった。6日(月)、朝まで降り続いた雨をやり過ごすように9時過ぎの中央ラインに乗って西へと移動。早くも雲の切れ間から太陽がのぞく。



・ちなみに「山部広報担当」としては、O・L・Dの彼女たちに、いかにしてこの2日間を楽しんでもらうか、とか何とか考えつつも、前回の八ヶ岳の際に学んだことは「『登山』と『バック・パッキング』とはかなり違ったものである(例えば『登山』には浄水器など必要ないかも)」というようなことで、そうなると今回のコレは一体どちらにカテゴライズされるのかと考えれば微妙であるのだけれども、しかしいずれにしても「楽しんでもらう」などという姿勢からは、真に創造的なアクティヴィティは生まれないのであろうから、ここはひとつ全面的に「ご勝手」で行くことにした。ご勝手&思いやり。遊びたいように遊び、疲れたら休む。食べたいものを食べ、見たいものを見る。あるいはきっと、何もしない、愛。





秩父奥多摩・甲斐、の三つの地方にまたがる「大菩薩峠」は、ブナ林が美しく有名な山でもあるのだった(全然知らなかった)。冬のような重たい雲の中、おそらくは1000mから1500m付近を歩くならば、展望が良い場所に出るたびに、違う様子の雲海が見える。雲海から見える山、雲の中を歩くときは数m先しか見えない。





・複雑な視覚体験を積み重ね、辿り着く峠。登山・入門、としてはなかなかの距離を歩き倒し、本日の宿泊地へ。チーム・山部女子は山小屋へ、自分はバック・パッキングらしくテントサイトに移動するのだった。ちなみにはるばる中国地方からいらした、おそらくは定年退職後かと思われるグループの方と大菩薩峠にまつわるあれやこれやの話をしていると「この山小屋は、あの、ほれ、『浅間山荘』の…」と言われて、この山(というかこの山小屋)には色々と興味深い歴史があることを知る。山小屋と赤軍。だって。





・そしてまた自分としては来るべき(なはずの)「ソロ・バック・パッキング」の練習も兼ねた今回。日が暮れてしまう前に食事を済ませたならば、キャンドルだって点けてみる。キャンドルの光で読書だってしてみる。キャンドルの光は人を詩人的なものにするとかしないとかいうのかも知れないけれども、自分は無理だ。動物の声と虫の存在が何とも気になって……気になって……気になっているうちに熟睡。