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  映像研究

こんにちは、

 
・はじめまして2008年度。今日から始まる2008年度。ところで最近はもっぱら宇多田ヒカルばかり聴いている電車通勤。『DEEP RIVER』に『ULTRA BLUE』と来て『HEART STATION』。どの曲も思わずカラオケでカバーしたくなる名曲にして、今最も売れている今最も暗い曲たち、あるいはアナーキー・イン・ザ・ジャポン2008。〜情熱に、情熱に、お値段・つ・け・ら・れ・ない〜 そんな風に歌われたならば確かに全くそのとおりだと思う今日このごろ。そしてまた翻って、2007年度最後にして最大の知的な祭事@東京芸術大学、についてもあれやこれやと考えたりしないこともない。それにしたって風が強い。



・しかし、ところで、まず、そして、そもそも、来日が中止になったことについて考えてみた/想像してみる。自分としては20日に「来日延期(中止)」を聞いて以来、特にそのことに対して憤りだとか問題だとかを感じたりすることもなく、言うなれば「楽しみにしていた授業が休講になった」という程度の感想を持つだけだったのだけれども、実際にイベント(『芸術とマルチチュード』と『大ラウンドテーブル』)を聞きつつ考えたことは(もしも本当にこの「来日中止」に関して、そのような働きかけがあったのだとしたら/これに関して自分は本当に「わからない」ので何かを断定することはできない/つまりあくまでも仮定のはなしだ)「そりゃ、こんなイベントは中止にしようとするだろう」ということであって、例えばもしも自分が総理大臣だか外務大臣だか経団連だか都知事だか球団オーナーだかIT長者だか…etc、わからないけれどもとにかく何だかの権力的なものを持っている人間だった場合(しかしそんな想像はしづらいなぁ)冗談でも芸術でも学問でも、何でも良いけれどとりあえずそもそも「革命」なんてことを言ってもらっては困るし、そういった人に集まってもらうこと自体も大変困る。あるいはそれが楽しそうに餅をつきながらだった場合は色んな意味で最高に迷惑であることに間違いない。


・そう考えてみるとこの時期色々なところで読んだ(ような気がする)「世界の20数カ国は迎え入れたのに」とか「政治犯であることは冤罪なのに」とか「現代思想家の話しを聞きたいだけなのに」のような(?)「アントニオ・ネグリの来日を阻止したことは不当である(つまり自分たちの側に正当性がある)」という主張自体が、理解できるけれども、どこか違和感があるような変な気持ちになってくるのが不思議だ。というのもそこで考えることは「日本という国を運営している人たち(がいるとして)は『革命』を煽動する可能性のある人間を簡単に入国させる程、この国の運営に関して不真面目ではない」というような感覚であって、つまり「その人たちはその人たちで『何事か』を『真面目に』やっている」という、それもまぁ当然と言えば当然の事実がある。だから卑屈になっているわけでも何でもなく思うことは、もしも誰かが少しでも「社会」について、今のかたちとは別の可能性を考えていきたいと思うのであれば、それはきっと「『真面目な』人が『迷惑』だと思うようなことを実行する」というくらいのつもりでいなければいけない、そうでないと何か根本的な勘違いをし続けるという種類の不幸が待っているような気もしないではない、と思ったのです。そしてこの場合自分は現状では「革命」については特に全く接点がないのだけれども、しかし自分が考える「あるべき(芸術)表現」とは「(ある事柄について)今のかたちとは別の可能性を考えていこうとする」ことにあるのだから、それはそれで無関係ではないのでしょうか。わからなくなってきました(コピーライト・バイ・宮沢章夫)。



・それにしたって色々言いつつも、イベント自体は非常に知的に刺激的なものだった。特にそれほど期待していたわけでもなかった(失礼な発言で申し訳ありません)前半のトークイベント『芸術とマルチチュード』については、時間があの倍くらい必要だった気もするけれど、とにかく田中泯という人の「(他のトーカー及び進行の方に投げかけるかたちで)なぜ『階級』を解きほぐす言葉が生まれないのか(なぜ誰にでもわかる言葉で話せないのか)」というような(細部不鮮明)発言が、何よりも今自分にとって考えるべきことであるのだし、あるいはそういったやり取りは単純に見せ物としても(若干失礼な表現で申し訳ありません)今や伝説となった「高橋悠治×茂木健一郎ICC」を思い起こさせる「真のポストモダニスト」からの豪速球(?)として、多くの人の記憶に残るに違いない。…そんなレビューはともかく、または川俣正という人の、アントニオ・ネグリの言葉「弱い思考」を肯定的な意味で解釈して自身の制作の方法論に関連づけるくだりや、(ネグリはさておき)高嶺格という人の「『美術』へのうさんくささ」や「空間的には遠く離れた人と制作を通じてネットワークをつくる?こと」というような話題も、その制作者たちにとって「表現」がどのような思考、あるいは「生活」から生まれているのか、を垣間みることができた、という部分で大変刺激的でした。



・そして後半の『大ラウンドテーブル』に関しては…とにかく時間が…時間が足りない…おそらくあの時間の約3倍ほど必要なのではないかと思い、そして可能ならばもう少し緩いかんじの、何か食べる人あり、途中で飽きるて寝る人あり、のフォーク・ジャンボリー的なかんじでも良かったような気がします(が想像してみるとそれは日テレの24時間テレビみたいになってしまいます)。内容に関しては、やっぱりそれぞれの活動のプレゼンテーションに留まっていたのは少し物足りなくて、単純にあの段上で「人と人がしゃべっているところ」が見たかったのだから、だからたとえば桃色ゲリラさんという人がプレゼンテーション中に外野から野次られたことに対してちゃんと反応していたような、そういう話している内容が少しでも変化する場面がもっとあったら良かったなぁと、これは全くの感想として、思う。



・そしてトークの内容とは特に関係がないのだけれども、イベントの中で「ネグリに電話で質問をした後にみんなで歌を歌おう!」という場面があって(ちなみにこういった祭感の演出というか、磁場づくりみたいなものを肯定的に捉えられるかどうかが、このイベントを楽しめるかどうかのポイントなのだと思う/そして自分はと言えば、そこで話されていたことやそこから考えたこととは全く違ったレベルで、そういった祭が大・大好物であることは否定できない)、そこで歌った曲は、自分が通っていた中学校の合唱コンクール及び卒業式で必ず歌われる、大定番ナンバー『ケサラ』であって、この曲に関して自分は何と言うか「思春期のもやーっとしたかんじ」を歌い上げた15の夜的な内容だと思っていたのだけれど(ー泣きはらした夜 迎える朝の眩しさ 涙の乾くときはないけれど 決して倒れはしないさー というような部分を歌いながら、ああ〜友達とけんかしたな〜とか思い出してうるっとしていた)、どうやらこの曲はもう少し歌声喫茶的な意味があるみたいだということがわかったのは面白かったし、単純に「大きなホールに大勢の人がいて『ケサラ』が流れている」という状況自体がお金を払いたくなるような代物だ。今後10年単位の予定として登山部が熟してきたら、なんとかして合唱部を立ち上げたいと思う今日このごろです。



・そういったノスタルジックな諸々を引きづりつつ、イベント終了後は同行していたRくん、そして駆けつけた同僚ガールズとともに新宿駅構内の某オルタナティブ系喫茶店に移動して色々思うところを意見交換しつつも、自分はもっぱら「美術関係の大学生(及び卒業生)が思想的にニュートラルであろうとする(あるいは無意識にニュートラルである)」ことに対して、半ばエキサイティングに罵っていたような記憶がありますけれど、一晩眠ってみればもう少し冷静な自分もいる。しかしいずれにしても今の自分が「『芸術」や「政治』には収まり切らない『表現』と呼ぶほかないような些細な行為/コミュニケーション」に何だかの可能性を見いだすとして(たとえばそれが「山登り」であり「合唱的なもの」であったりするというような話しの流れだ)、そのようなものの価値を、現代の(例えば『芸術』の)中心部との「遠さ」において発見し、再度『芸術』に転用しようとするようなプレゼンテーションを行ってしまうのならば、それは結局のところ「『広告』を発想するルート」の中でしか、メッセージすることを考えていないとも考えられるし、例えば超・具体的に考えて、アーティストが「アーティストとして」のし上がろうと考えれば「特に積極的に支持しているこというわけでもない自治体が主催するようなコンペティションで選ばれて開発中の建物の壁に飾られること」とかから始めなければいけないのは、なかなか納得しがたいのだけれども、多くの「アーティスト」の人はそこらへんをどう考えているのでしょうか?(ほんのりアジテーション風味)



・どんどん「アントニオ・ネグリ」とも「マルチチュード」とも関係がなくなってきましたが、それはそれで良いのだと思います。



・そしてだから、ひとつの方法としては、とりあえず今「お勉教することを止めない」ということがあり得ると思いました。思いのほか長くなってしまいました。