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  映像研究

記憶

・記憶が生々しいうちに、つまり、出来事の質感や雰囲気が損なわれない間に、書いておく日記。

 

・朝起きて、首が片方回らない。頭痛も一週間続いている。弱った、と思いながら朝の時間を過ごす。月一のペースからすると少し早いがやむを得ずカイロプラクティックを予約する。荷物を受け取り、掃除と洗濯。実家への電話連絡など。

 

カイロプラクティックの施術を受けつつ、あらためてこの春は不思議な弱り方をしていると思う。肉体的な疲労よりも、回復のための選択をことごとく間違えている、という感じがある。睡眠も、アルコール摂取も、入浴も、歓談も、何もかもが芯まで浸透しない感じがある。だが焦ることはやめた。元々が、身体について考え直す2023年だった。この今の、不調と形容するような身体の様子を感受するしかない。

 

・夕方から師の方の枠で同窓会に参加する。2018年度に関わった人たち。コロナを挟んであっという間に育ったその人たちと対面し飲食しつつ会話をすることはとても面白かった。ハモニカ横丁の居酒屋の2Fはいつかの未来に相応しいロケーション。ギフトのような数時間だった。

 

・行き帰りの電車では、谷口昌良と畠山直哉による『仏教と写真』という本を読んでいた。仏教についての知識がないが、撮影に関する、ある一つの考えの体系として、興味深い内容だった。撮影は、確かに人間の存在や記憶の不思議とともにある行為だと思う。そのことを考える準備をする4月でもあった。

 

・こうして誰も全然違う人になり続ける。