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  映像研究

問いかける

 
・201704241653。すでにすっかり夕方になってしまった今日は昨日までの業務の連なりがひと段落して自宅にて片付けなど。先週からずっと風邪を引き続けていて診療所で診断ののち処方された薬もどうにも違うような気がしていたところ友人から漢方薬局へ行くというオルタナティヴを教えてもらって早速行ってみる。漢方薬局という未知の場所で自分のコンディションを伝えることも新鮮だ。「あのう、超初歩的な質問なんですけど漢方って基本的に植物なんですか?」とか聞いて色々教えてもらう。教えてもらうことは面白い。カイロプラクティックもそうだけれども、ある方法を実践している人/ある方法を更新している意識を持って実践している人にそのことを聞くことでその場所に小さな教室が立ち上がる。だから生薬について学びたいとかも思ってしまった。


・昨日は業務の方では「あまり盛り上がらないライブ」のような授業をやってしまった。プログラムを書くこととそれを実演することのなかでもう少しあれをああしてこれをこうしていればな…、というような細かいことが積み重なって少しずつグルーヴから遠ざかってしまうようなこともある。それは謙虚に反省しなければいけない。その場の勢いで喋り方のニュアンスのレベルでどうにかできるとか思わないこと。そうして反省することであらゆる授業あらゆるワークショップ(という言葉を使うかどうかも再検討)あらゆる口頭発表は多少なりとも意味のあるものになる、かもしれない。またその前後に業務先の他の部署の方と話をしていて、少し自分のやり方が自動的になっていることを振り返る。


・土曜日には山部で去年出産した友人のために、ひとり一冊絵本をセレクトするという企画で本屋へ。そういう小さなアイディアが友人から立ち上がることもそういえば久しぶりの感覚で、何よりもそのことを有難いと思った。新宿の紀伊国屋書店で3人で待ち合わせて絵本数冊を購入したのち地下の食堂でランチ。昼間のこじんまりとした定食屋で近況報告。その場所が本屋だったということもあり最近気になったあれやこれやを交換する。東浩紀『ゲンロン0』、國分さん千葉さんの新刊について。土井さんの一汁一菜的な価値観について。最近の小沢健二上野千鶴子について。映画『人生フルーツ』について。コムアイ松岡正剛について。三木清『人生ノート』について。開戦を匂わせる表象について。あれやこれや。そういう時間の豊かさを思う。


・日曜日の深夜にスマートフォンでフジテレビ『love music』小沢健二を見る。「誓いは消えかけてはないか?/深い愛を抱けているか?」問いかける言葉について、眠い頭で何か考えること(考えてしまうこと)の切れ端を手にしたような感覚がある。ボーズくんが言っていたようにその問いは『ある光』の「この線路を降りたら・・・願いは放たれるのか?」という問いかけと結びつく。それぞれに手強い問いを抱えながら。