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  映像研究

夏の思い出、時には昔の話を

 
・記憶が確かならば『ユーリ』は上映されるかなり前にサントラのCDだけが発売されて、試聴機で聴いてはっとして買ってずっとそれを聴いていたのは1996年の春のこと。とりわけ『I DANCE ALONE』を繰り返し、カセットテープやレコードも買って聴いていた。小山田圭吾リミックスの方が好きだった。それで夏になって遂に映画が公開されたならば、あまりも過剰な期待をしつつ、それは一つの儀式であるように17歳の自分の誕生日にひとりで渋谷の今はないパルコパート3で鑑賞して(確かレイトショーだった。あるいは夜の遅い回を狙って行ったのか)、映画自体にはさして思い入れることはなかったけれども、むしろその過剰な期待を持て余しつつそのままひとりで家に帰るわけにもいかず、山手線を一周しながら何事かを考えて東京駅で降りて、夜行バスで京都へ向かう。寺を見て写真を撮り本を読みながら一日歩く。全然そんな予定ではなかったため素足にローファーで靴擦れがひどかった。帰りのバス代あるいは新幹線代がないので鈍行で帰ろうとするが乗り継ぎを間違えて塩尻の駅で深夜まで(ムーンライトながらが通るまで)待つことになる。その間に公衆電話から友達に電話した。「もしもし、いま塩尻ってとこにいるのだけど」。1996年の夏の記憶はそれしかない。いずれにしてもそういうことのひとつひとつは結構大切だった。小さな選択をして生活圏とは全然違う場所にいることの不思議。あるいは「思いつく」ということと「それを実際にやってみる」ということが確かに連動したときに、他の人にとってどうかとかそういうことはまったく関係なく、何かを得ている実感があった。写真を撮ることはその実感の「しるし」のようなものを残す行為であったかもしれない。言葉ではないしコミュニケーションではなかったかもしれない。そしてそういう自分にとってのみ意味があると思われる感覚を積み重ねることばかりに熱心な生活をしていたら、とても静かなところにいることが多くなった。その当時「ああ、ここは自分の場所だ」と呼べるような感覚を今も覚えている。それは具体的な空間ではなくて心理的なものだった。それを今も覚えている。最近その場所の感じを思い出すことが多い。あるいは時々その場所を「見る」ことがある。