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  映像研究

20年前の雑誌

・業務のある木曜日の記録。午前中は家で作業して11:30くらいに外出して半蔵門へ。途中乗り換えの渋谷で降りて昼食。そして渋谷古書センターへ。月末で閉店ということだった。古い雑誌を少し見る。その後午後からJCIIライブラリーで必要な資料をコピーをする。のち新宿方面へ。久しぶりにキンコーズへ行く。すっかり忘れていた製本について詳しく教えていただく。その後職場に16:00から21:00。あっという間に時間が消える。夏の準備が迫り出してきていることを感じる。

 

・気温が上がり空気が膨張する。一週間前とはまったく違った環境にいると思う。

 

・移動する一日にずっと読んでいたのは、『現代詩手帖』(2002年7月号)。家の本棚で背表紙の「ドキュメンタリー 映画・世界を映す」というフレーズが気になって引き抜いてみたら完全に20年前だった。何かを引き寄せたかもしれない。巻頭の鼎談『「彼女」たちの映画を私たちの目に(佐藤真+青山真治+北小路隆志)』を読む。『花子』、『SELF AND OTHERS』、そして『ユリイカ』について語られていることも興味深い。まだ整理できていない。

 

・古本屋で購入したようだから読んだのは2005~2010年くらいかもしれない。それでも現在からは遠い。はるか昔と思われる。

 

・20年前の「鼎談」で提起されている問いはその後(他の誰かによってだとしても)探究されたのだろうか(いや、されていない)というような考えが浮かぶ。あるいは、写すことや映ることに対する信頼が相対化されていく中で、こうした議論はどこまで共有可能なのだろうか、と問うてみることもできる。「自分は信頼してます」ときっぱり言ってそれで終わり、という態度もあり得るが、この世界の映像は展開し続けている。そのことをどう考えるか。中断して。

 

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