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  映像研究

・後から書いておく記録。湯船に浸かった瞬間に柚子のことを思い出す。時間の谷。その谷の一番深い地点をイメージする。あるいは長い時間を想定する。線や円や螺旋の。未来の時間から現在を見る。見えてきた現在は一瞬で過ぎる谷の底。それを記録する。

 

・朝から業務だったから5:30に起きて6:30に家を出て7:30にエクセルシオールにinしてみる。8:30に出勤。9:30から業務。19:30までが年末進行で消える。その後少し年末の買い物。21:30に帰宅。

 

・映像や音声および文字によって伝えられる情報がある中で生きていることを思う日々。このようにして年末に突入し紅白歌合戦をタイムラインで共有することも面白い。しかしそうした面白さとは別に、そのような次々にあらわされる言葉から身を離し、静かであることが、何より大切で、人にとって必要である、ということを考えた。ニュースもフィクションもなく、ただ自分が生きていることがある、と考えることはできないか。

 

・あるいは「言葉を話すように促す力」、それを権力と捉えてみることによって、自分は自分の生活している環境をもう一度捉え直してみた。それはおよそ10年くらい前の関心で、そこから遠く離れた現在、関心は移り変わりながらも、無自覚にその力を自分が発することを警戒しながら。同時に、なぜ人は、何かの意見を話さなければいけないのか、とも考える。「コメント」で溢れたタイムラインを見ながら。

 

・年末の騒がしさとは別に、暦の上での冬の真ん中で、ただ沈黙することも許されている。