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  映像研究

朝書く

・202107290750。職場の最寄りのエクセルシオールで。少し早く家を出ると暑さも少しましで電車も気持ち空いている。そうして職場に着くまでの時間に猶予がある。電車の中で引き続き『ライティングの哲学』を読んでいる。長い文章を書くことの体勢(体制)をこの夏に構築したいと思いつつ、構築的でない「書き方」に対する憧れのような気持ちも持ち続けている。ともあれ自分の「書くこと」は気づけば「憧れ」のようなことからはかなり遠くに来た、来ることができた、とも思う。事務的なメールの文章も、業務で必要な広告の文章も、ある程度の型と、ある程度の流行(小津安二郎的な意味で)とで、何とか投げることができるようになった。たとえば学部生だった頃は、自分から発せられる言葉は、なんであれ全てが作品のようなものでなくてはならない、と思っていたようなところがあったけれども、あれは年齢による特殊な心理だったのか。あの「作品のような顔をしたメール」はどこへ消えたのか。など考えている。30分だけ自分の作業をするために中断。