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  映像研究

時空

・202106132119。帰宅する京王線で何でも無い日の何かを記録しておく。消えるはずの事象に緩く言葉を与える。平日ならば帰宅がこの時間になることは珍しくないが日曜日である今日は例外的に遅い時間になってしまった。日曜日の夜の下りの電車。人の少ない車内の感じが新しく、時空が(小さく)歪んだようにも感じる。週末の華やぎとも平日の疲労とも異なる類の空気に満ちた車両。ともあれ今日は業務の通常営業において、非常に珍しく全てがおさまるべきところにおさまったと感じた。適切な言葉を選び置くべき場所に置いた。書いたテキストを書いたそばから発話した。たまにはこのように自分のパフォーマンスを反省なく思い返しても良いのではないか(基本的に楽天的)。業務終了後はひょんなことから職場の方と職場の状況を含めて近況を話すなど。本当ならば飲食しながら話せれば良いのですけどね、と言う、その「本当ならば」とは何だったのか、あまりないことだが、残念が極まって、僅かにせつないような気持ちになるなど。関係性も組織もチームも、ほんの些細な目線や言葉を投げることを潤滑油のようなものとして、辛うじて動いているのかもしれなかった。そのような理解を抱えて帰宅する。