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  映像研究

あけました

・202001020955。巨大な体育館でバスケットボールをする学生を追いかけて呼び出し別室で事情を聞きつつ、やばいもう集まっている、とりあえず出席とりますと壇上から大きな声で呼びかける、そんな初夢ではじまる2020年。眠りの最中のイメージは確かに現実の出来事や心理を反映しているのだろうか。「体育館」「バスケットボール」などが何かのメタファーであるよりも、エピソード全体として自分が受けた印象は目覚めている時間とほとんど変わりがない。とりあえず夢ではもっと現実の出来事から離れたいと思う2020年。

 

・31日の夜から1日の夜まで自分の実家で過ごす。テレビを一年分視聴。特にコマーシャルで宣伝される物、会社、事象に惹きつけられる。同時にテレビはいつでもテレビであることに不気味さを感じた正月だった。たとえばこれが10年くらい前の正月ならば「SNSによってテレビは相対化されるかもしれない」などと考えつつ、それぞれのタイムラインを行き来しながら、その年に展開されるであろう新しい環境を想像していたようなところがあったが、現在にそれはない。結局すべてがのっぺりと一元化されたように感じるのは、自分がオルタナティブな現場と接していないからなのか。加齢か。「外」を構想することが難しい。

 

・記録。GW690Ⅲにネガフィルム(PRO160NS)を入れて元旦に墓の前で家族写真を撮る。4人の集合写真も気づけばもう5年になるだろうか。

 

・今年は文章を書こうと思う。特に「量」を書くことを目標にする。記録であるのみならずメッセージとして。それを意識してまずは自分が思考の(と)体勢を更新しなくてはいけないと痛感した年末年始だった。「深い思考」が何より大切だが「深い思考」と自分で自分に唱えているような傾向があり、あまり新鮮さがない。カルチャー/コンテンツを、報道/ドキュメンタリーとして読み替えるのは生活と精神に余裕がなくてはできない。それを保ち続けるイメージ。

 

・年の初めにはどうしたって新しいイメージが浮かび、また「新しさ」を考えてしまう。それを真に受けて、生活をはじめる。あるいは続ける。